安田純平がシリアから解放!年齢や結婚はや大学は?何故拘束されたのか?

  • 2018年10月24日
  • 2018年11月2日
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安田純平(やすだじゅんぺい)さんがシリアから解放と

菅官房長官は10月23日深夜の緊急記者会見より発表がありました。

 

安田純平さんは2015年からシリアで

イスラム過激派組織に拘束されていた、

フリージャーナリストです。

年齢は44歳です。

安田純平さんが解放されたとの連絡が

カタール政府から提供されたと発表した。

 

菅官房長官は

「情報を総合すれば、安田純平さん

本人の可能性が高いと奥さんのにも伝えた」

事を発表しました。

 

安田淳平さんのプロフィールや経歴は?

 

名前 安田淳平(やすだ じゅんぺい)
生年月日 1974年3月16日(44歳)
出身 埼玉県入間市
失踪した日 2015年6月21日(41歳)
大学 一橋大学社会学部卒業
卒業後の就職 信濃毎日新聞(長野県松本市)
結婚 既婚
職業 フリージャーナリスト(2003年1月~)
活動拠点 中東及び北部アフリカ
受賞 山本美香記念国際ジャーナリスト賞
公式サイト http://jumpei.net/

 

 

安田純平さん(2018年11月2日)の記者会見の様子

 

安田さんは会見の冒頭に

 

「解放に向けてご尽力いただいた皆さん、

ご心配いただいた皆さんにおわびしますとともに、

深く感謝申し上げたいと思います」

 

「私自身の行動によって、

日本政府が当事者になってしまった点について、

大変申し訳ないと思っています」

 

深々と頭を下げました。

 

安田さんの解放をめぐっては、

「どれだけ国に迷惑をかけたのか」

「日本政府の言うことを聞けないなら外国行かないでくれ」

といった批判がネット上に出ていた。

 

安田淳平さんはネット批判について、

「紛争地に行く以上は自己責任。

自分自身に起こることは自業自得だと思っている」と話しました。

 

そのうえで、日本政府の対応について

「本人がどういう人であるのかで行政の対応が変わると、

民主主義社会にとって重大なことだと思います」

 

「今回、外務省としてできることをやっていただいたと考えています。

家族のケアもしていただき、

非常にありがたいと思っています」

 

今後の紛争地取材については安田淳平さんは白紙と答えました。

 

安田純平さんは、シリアのイドリブ県における

反政府武装組織の状況などを

深く取材するために現地入りを目指したそうです。

 

2015年に過激派組織「イスラム国」に殺害された

ジャーナリストの後藤健二さんの

ガイドも務めたという人物らの案内で、

シリア入りの準備を進めたそうです。

 

安田さんはシリア入りの案内人を

「顔を出して活動していた人物で、信用した」と話しました。

 

案内人からの連絡を受け、

2015年6月22日深夜にシリア入りしました。

 

事前には「車で迎えが来る」と言われていたそうですが、

誤って案内人と違う方向に歩いて進んでしまったそうです。

 

トルコから国境を歩いて越えたところで、

2人組の男に両腕をつかまれ、

トラックに乗せられて拘束されたんだそうです。

 

23日には民家に監禁され、

スパイ容疑で取り調べをされたそうです。

 

ちょっとしたミスから、

シリアに囚われてしまったようです。
 

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安田純平さんの経歴

 

1997年
信濃毎日新聞社記者で松本本社に在籍。

以後、計10町村の行政・経済など市民の暮らし全般を担当。

 

北アルプスの山小屋のし尿処理問題を扱った連載

「待ったなし 北アし尿処理」に参加。

その後、信州大学を担当し、脳死肝移植などを取材。

 

2002年
3月、休暇をとってアフガニスタン取材。

4月、文化部に異動。

12月、休暇をとってイラクを取材。

 

 

2003年

1月末日、退社してフリージャーナリストに。

 

2月中旬からイラクを取材。

一時出国するも開戦直後に偽造「人間の盾」ビザで再入国。

 

ホテルに泊まって勝手に取材するつもりが

イラク軍に拘束され、観念してバグダッド南部のドーラ浄水場に入る。

 

その後もイラク警察などに数回拘束されるが、

フセイン政権崩壊後まで滞在し、

中部ナジャフなどを取材して帰国。

 

10月、イラクを取材。

バグダッドを中心にクルド人地域、サマワなどを取材。

 

2004年

3月からイラクを取材。主にバグダッドに滞在。

4月14日、バグダッド西方アブグレイブで地元住民の自警団に

スパイ容疑で拘束される。同17日解放。

 

 

2005年

1月、スマトラ沖地震・津波で甚大な被害を受けたインドネシア・アチェ州を取材。

2月、アチェ州で、インドネシア軍の軍事作戦に苦しむ津波被害者らを取材。

7月、ヨルダン、シリアでイラク関連取材。

10月、イラク北部を取材。

 

2007年

2~5月、クウェートでイラク戦争民営化取材のため労働者になるために就職活動。

5~12月、イラク中南部ディワニヤのイラク軍訓練基地建設現場で料理人をしながら取材。

12月~翌年1月、イラクの首都バグダッド・インターナショナルゾーン内の民間軍事会社事務所で料理人をしながら取材。

 

2008年

10~12月、戦場出稼ぎ労働者の実情でインド、ネパールで取材。

 

安田純平さんは何故シリアに拘束されたのか?


安田さんは2015年6月に

取材目的でトルコ南部からシリア北部に入った後に消息が途絶えました。

 

イスラム過激派組織「シリア征服戦線」(旧ヌスラ戦線)

に拘束されたと考えられていますが真相は不明です。

 

2018年7月には安田純平さんらしき男性が、

助けを求める動画がインターネットで公開されていました。
 

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安田淳平さんがシリアから解放された経緯は?

 

2018年10月23日の19:40頃、総理官邸にて

安田純平さんが23日中にも解放されるとの情報が

カタール政府からはいったそうです。

 

日本時間の21時ごろには、安田純平さんが解放され、

トルコ南部でシリア国境に近いアンタキヤの

入管施設で保護されていると伝えられました。

日本政府は職員を現地に派遣し、本人確認を急いでいるそうです。

 

菅長官は、「人定関係の確認には一定の時間を要する見込みだ」

と説明されました。

 

日本政府では、イスラム過激派組織からの

身代金要求には一切応じていないと説明しました。

 

しかし、カタールが3億円の身代金を支払ったという、

情報も流れています。

 

カタールが身代金の支払いを肩代わりしたことは

現在、謎になっています。

 

安田さんの健康状態について、

それほど悪くないと報道されました。

妻で歌手のMyu(みゅう)さんがインタビューに答えました。

過激派組織に拘束された安田さんと

みられる映像が2本公開されました。

 

Myuさんは「一刻も早く帰ってきてほしい」と話した。

 

 

 

 

まとめ

 
11月2日に安田純平さんの記者会見が開かれました。

ネット批判もあるなか、今後戦地ににいくかは白紙という事でした。

とにかく、無事に帰国出来てよかった!

 

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