トシエさん(激レアさん)は津軽三味線で日本一!サバイバル人生と父親?

 

鈴木利枝(すずきとしえ)さんが、

トシエさん(激レアさん)として

「激レアさんを連れてきた」に出演します。

 

トシエさん(激レアさん)は津軽三味線で頂点を目指したいのに、

超強引な父親に連れられて、

世界中でサバイバルの旅をさせられた結果、

なぜか?津軽三味線の日本一になったとても凄い人です。

 

トシエさん(激レアさん)が

サバイバルの旅で得た能力とは?

 

トシエさん(激レアさん)は

その能力のお陰で、津軽三味線日本一に輝いた人なんです。

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トシエさん(激レアさん)のプロフィール


出典元:http://blog.syamie.com/

 

トシエさん(激レアさん)のプロフィールは!

本名:鈴木利枝(すずき としえ)

出身:愛知県名古屋市

(現在は大分県別府に在住)

 

中学:(青森県)津軽中学校

高校:高校には進学しませんでした。

大学:立命館アジア太平洋大学

 

年齢:推定31歳

(1997年が小学校三年生で9歳で換算
すると1989年生まれか?)

 

中学卒業後は超強引な父親に連れられて、

世界中でサバイバルの旅をさせられたそうです。

 

トシエさん(激レアさん)のお父さんと

アジア各国(ネパール、インド、カンボジア)等を旅します。

 

17歳の誕生日をヒマラヤ山脈の

山小屋で迎えた秘話などもあるんだそうです。

 


 

トシエさんのサバイバル&三味線の激レア体験とは?


出典元:http://blog.syamie.com/

 

津軽三味線頂点を目指したかったので

超強引な父親に連れられて

世界中でサバイバルの旅をさせられた結果

なぜかそこで得た能力が役に立ち

津軽三味線日本一に輝いた人

 

トシエさん(激レアさん)の三味線人生とは?

一般的に師匠について学ぶ

独学でプロになった人は少ない

 

お父さんは名古屋で有名なお茶屋さんの3代目なんだそうです。

 

そんなお父さんに困ることが1つだけあるんです。

アニマル浜口さんのような心配性の熱血漢なお父さんだったんですね!

 

無茶苦茶な父親と冷静なトシエさん(激レアさん)

の津軽三味線 日本一の物語です!

 

トシエさん(激レアさん)の性格は?

師匠なし

虚弱体質

メンタル激弱

 

そんなトシエさん(激レアさん)を

型破りな方法でお父さんが解決します。

 

トシエさん(激レアさん)のアニマルなお父さんがどれだけ無茶苦茶だったのか?

トシエさん(激レアさん)が小学校5年生のある時、

同居している祖父母の危機迫る大げんかをしていたそうです。

 

夕食のおかずを一品増やすか増やさないかの争いが原因だったそうです。

 

お父さんと祖父母の喧嘩は決着せず、

お父さんは「トシエ これからはお父さんと2人暮らしだ!」と言って、

そのまま引越しと転校をする事になってしまったんだそうです。

 

トシエさん(激レアさん)の

お父さんは普通の常識からちょっとズレている人。

 

転校前は吹奏楽部でクラリネットをやっていた

トシエさん(激レアさん)でした。

 

しかし、引越ししたせいで、

クラリネットができなくなってしまいました。

転校した小学校には吹奏楽部が無かったからなんです。

 

トシエさん(激レアさん)は自分でクラリネットを持っていなかったので、

お父さんに「私、クラリネットをやりたい!」と告げました。

 

しかしクラリネットはとても高価なものです。

するとお父さんは、

「祖父母から借りたまんまで返していない三味線があるよ!」

 

お父さんから三味線をやりなさいと言われ、

トシエさん(激レアさん)はお父さんに全然違う楽器を渡されました。

 

「同じ楽器なんだからいいじゃないか!」と無茶振りされたそうです。

 

トシエさん(激レアさん)も一応、

楽器だからいいか~と思ってしまったそうです。

 

そんな三味線でしたが、

トシエさん(激レアさん)はゲーム感覚でクリアしていくような感覚で

楽しくなりのめり込んでいったそうです。

 

トシエさん(激レアさん)は

いつか三味線で日本一になりたいと思うようになりました。

 

トシエさん(激レアさん)は三味線のために本場青森に転居!

トシエさん(激レアさん)が三味線で日本一になりたいと知った

お父さんは考えました。

「もしも日本一になれなかったら、トシエは悲しむだろう!」

 

それなら三味線の本場で修行すべきだ!

とお父さんは思ってしまうんです。

 

お父さんは今すぐ、青森に引っ越そう!と思いました。

 

三代続いた、名古屋の老舗のお茶屋さんを

お父さんは売却してしまいます。

 

家財道具を車に詰め込みそのまま

お父さんとトシエさんは青森に移転しまうのです。

 

でもトシエさんのそこが激レアさんですね!

あまり驚きもせず、青森に行きました。

 

 

青森に行き、

地元で有名な三味線教室に通い始めます。

 

しかし、師匠はリンゴを食べながら

寝そべっていたそうです。

 

しかも師匠が三味線を教えてくれるのではなく、

お弟子さんだったそうです。

 

トシエさん(激レアさん)本気で三味線が学べないんだったら

他の三味線教室に行きたいので辞めますと言いました。

 

それを聞いた三味線教室の師匠は”激怒”

さらに中学の担任は三味線教室の師匠と知り合いだった為、

さらに”激怒”します。

 

三味線界では師匠を簡単に変える事は良くないと

古い体質なんだそうです。

 

それが理由で

中学校が嫌になってしまい、不登校になってしまいます。

 

なんとか中学校は卒業できた、

トシエさん(激レアさん)でしたが、

不登校が原因で勉強ができていなくて、

高校受験を失敗してしまいます。

 

せっかく青森に来たのに、

三味線もできない!高校にも行けない状況になってしまったのです。

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トシエさん(激レアさん)は独学で三味線を決意!

そんな理由から、トシエさん(激レアさん)は

独学で三味線をする事になりました。

 

独学でしたことは具体的には

カセットテープを聞いて、”耳コピ”をしたんだそうです。

 

ギターリストも”耳コピ”で学んでいくものなんですよね!

 

自分で引いた演奏を録音して、

おかしい所を修正したそうです。

 

トシエさん(激レアさん)は

高校に行けなかったので、時間に余裕があったので、

一日中三味線を弾いていたそうです。

 

自分自身、三味線が上手くなったと感じたトシエさん、

青森で開かれる全国大会に出場しようと思いました。

 

しかしトシエさんはメンタル激弱です!

人前に出ると、緊張状態になってしまうのです。

 

大勢の観客の前で、緊張のあまり、

曲を飛ばしてしまったりメチャクチャになってしまいました。

 

トシエさん大ショックで脇目もふらず帰宅してしまいました。

 

虚弱体質なトシエさんは、

これがきっかけに完全に引きこもりになってしまいました。

 

親子2人で世界中にサバイバルの旅に出発!

このままトシエさん(激レアさん)が引きこもったままでは可哀そうだ!

 

このままではトシエさんが三味線で

日本一になれないと考えたお父さんは、

トシエさん(激レアさん)の為に、

サバイバルの旅に出発します。

 

トシエさん(激レアさん)の弱点である、

心と体を鍛えないとと思ったそうです。

 

お父さんが行きたかったからという理由だけで、

2人で東南アジアに行く事に!

 

お父さんもメンタルが激弱だったそうで・・・

お父さん自身が若い頃実践したことは、

サハラ砂漠を縦断

ヒッチハイクで東南アジアからヨーロッパを旅

 

こんな若い頃の実体験でお父さんは心と体を鍛えられた

為、娘のトシエさん(激レアさん)のと2人旅をしようと決めたのです。

 

お父さんが考えたコースは

タイ→マレーシア→シンガポールを

二か月かけて自らの足で回る

超過酷旅でした。

 

タイに着いたとたん、

お父さんはトシエさん(激レアさん)に

全ての予約やらプランを考えさせます。

 

旅の交渉は言葉が話せない、

トシエさん(激レアさん)に丸投げします。

 

マレーシアからシンガポールへの移動で

大変な事が起きます!

 

マレーシアのクアラルンプールからシンガポールへは

移動距離はなんと300㎞も!

 

日本で例えると、東京~名古屋間の距離です。

 

なんと2人はこの移動距離に自転車を使うんです!

虚弱な親子は乗り物に乗ると酔ってしまうタイプでした。

 

自転車なら風を感じ、気持ちよく移動できる!

と親子の意見が一致したそうです。

 

夕暮れ時にある恐怖体験が!

「ワオーン」と遠吠えが聞こえてきました。

 

野犬の集団が2人を襲ってきたのです。

 

怖すぎて、野犬の集団が見えなくなっても、

2人は自転車を10時間漕ぎ続けたんだそうです。

 

恐怖心が体力の限界を上回ったそうです。

 

トシエさん(激レアさん)の体力は

大幅に強くなったそうです。

 

トシエさん(激レアさん)日本に帰国!

人前に出ても緊張しなくなり、

病気になることはなくなったそうです。

 

そして、三味線の全国大会で優秀賞を取れるまでの

メンタルと技術が身に付きました。

 

トシエさん(激レアさん)はお父さんに

「三味線のプロになる」と宣言をしました。

 

しかしお父さんは急に冷静に

大学には行きなさいと・・・

 

高校は行かなかったので大検を取得しました。

 

勉強か三味線の生活になりました。

 

成功を体験させて自信を持たせるしかない!

 

トシエさん(激レアさん)ヒマラヤ山脈~インドの旅へ

お父さんはインドの前に行きたいところがあると・・・

 

それは標高8,000m級の山が立ち並ぶネパールへ向かいます。

 

ヒマラヤ級の山登りをする事に・・・

17歳の誕生日をヒマラヤ山脈で迎える事になり

切なくなりました。

 

そしてインドへ向かいます。

 

インドには「シタール」という楽器があります。

お父さんはたまたま”シタール教室”を発見します。

 

旅をするのにかさばるので、三味線は持って行きませんでしたが、

初めての”シタール”を弾いてみると、

10年1人の天才だとインド人にベタ褒めされます。

 

トシエさん(激レアさん)はこんなに人に褒められたのは

初めてだったんです。

 

これでトシエさん(激レアさん)は自分に自信がつきました。

 

トシエさん(激レアさん)は

インドの土地に体が合いませんでした。

 

嘔吐と熱が続きました。

 

トシエさんは三味線の日本一になるまで

死にたくないと思いました。

 

何とか帰国したトシエさん!

テレビもパソコンもスマホも無い環境で、

寝るとき以外は三味線の練習漬けの毎日でした。

 

ついに!大学時代でしたが、

7回チャレンジした、三味線全国大会で優勝しました。

 

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トシエさん(激レアさん)の経歴や受賞歴は?

 

略歴は以下になります。

 

1997年 小学校3年生の時、三味線を始める
2000年 名古屋から本場の青森県に三味線修行のため移住。

津軽中学校に転校

2002年
2004年
高校に進学せずアジア各国

ネパール、インド、カンボジア等を旅する

2003年 津軽三味線全国コンクール(東京日比谷公会堂)
一般の部(最年少)優秀賞大学入学資格検定合格
2005年 立命館アジア太平洋大学入学(新入生代表)
2006年 第8回別府アルゲリッチ音楽祭参加(和楽器初)
2007年 NHK文化センター津軽三味線講座講師を1年間務める
2008年 津軽三味線全国大会(神戸)女性の部

文部科学大臣賞(優勝)

津軽三味線全国コンクール大阪大会
女性の部優勝

 

赤坂ブリッツで「学校を作る会」の
チャリティーコンサートに出演

2009年 立命館アジア太平洋大学卒業

 

津軽三味線教室「和心」を設立する

 

ブリックブロックでソロライブ

 

アクロス福岡(シンフォニーホール)
でミニコンサート

 

アメリカ、オースチン日米協会の招きで渡米

 

ソロコンサート、FMラジオ出演など
1ヶ月間アメリカで活動する

2010年 紀尾井ホールでの「鐵心太鼓公演」ゲスト出演

 

一週間、上海万博日本館ステージで別府市のPR演奏

 

津軽三味線全国競技会(名古屋)女性の部優勝

2012年 主宰する「和心」が全国大会団体部門で3位入賞
2013年 初のCDアルバム「和心」をリリース
2014年 津軽三味線全国大会(神戸)優勝

 

全国コンクール(大阪)の大賞の部(最上級部門)優勝
「和心設立5周年記念公演」を行う

 

龍神太鼓20周年公演ゲスト演奏

2015年 第18回津軽三味線全国コンクール(日比谷公会堂)で優勝

 

CDの「和心」はリンクのHPより購入可能です。

トシエさん(激レアさん)こと鈴木利枝さんですが、

本を出版されています。

良かったら購入して読んでみてください!

 

トシエさん(激レアさん)のお父さんはどんな人?

 

 

トシエさん(激レアさん)のお父さんですが、

三味線とは全く関係の無い、

木版画を仕事にしているようです。

 

 

トシエさん(激レアさん)は津軽三味線で日本一!サバイバル人生と父親?

 

トシエさん(激レアさん)のお父さんの職業

ですが以外ですよね。

画像は見つかりませんでした。

 

 

トシエさん(激レアさん)は津軽三味線で日本一!サバイバル人生と父親?

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トシエさん(激レアさん)放送後のブログより

 

 

トシエさん(激レアさん)のブログには・・・

 

「激レアさんを連れてきた」を観た人には

わかると思いますが、深夜バラエティー番組なので、

話しが”盛り盛り”になっていると

コメントされていました。

 

トシエさん(激レアさん)と

お父さんもかなり”いじられて”

いると言っています。

 

”激レアさんを連れてきた”に取り上げられた事は、

とても嬉しく、とても感謝していると!

 

しかし話しが”盛り盛り”になっているので、

皆さんの放送後の反応がとても心配で、

不安な気持ちで、眠れない日々を過ごしていると。

 

激レアさんを連れてきたの

番組内で三味線が『独学』と紹介されました。

 

トシエさん(激レアさん)曰く、

最初に三味線を始めたのは中学生のときで、

名古屋の藤秋会で三味線を習ったそうです。

 

現在は1年半程、”唄づけ”を

藤秋会の澤田勝仁先生に

指導をしてもらっているそうです。

 

最初から今まで完全な独学ではない旨

スタッフさんにも伝えたそうです。

 

10代半ば~20代は、

東京大会で優勝頂くまでが

先生につかず練習していた時期なんだそうです。

 

先生方、お弟子さんたち、お客様に

誤解ないといいですがと・・・

 

トシエさん(激レアさん)が

三味線を極めた内容は著書を

読んでみてください。

 

職業は津軽三味線奏者 引きこもりから夢への挑戦
鈴木 利枝 文芸社 2015-10-01
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by ヨメレバ

 

 

まとめ

 

鈴木利枝ことトシエさん(激レアさん)が

世界中でサバイバルの旅をしたのと

なぜか?津軽三味線の日本一になった関係?

 

とても放送が楽しみですね!

 

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44歳で人生初の就職活動を開始し、時給800円駅弁販売を始め、

わずか数年で年商10億の営業所を束ねるカリスマ所長になった、

伝説のパートの「ミウラさん」が激レアさん記事を読んでみてください。

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